ピアノの練習でのことを書いていきたいです。って思ってたけど予定は未定。ごめんちゃいw


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たくみだゼ

Author:たくみだゼ
年齢はもういろいろめんどいんで不詳w
普段はサラリーマンやってます。

・ピアノはじめました。(2007/04/28)
・発表会で燃えつきました。w(2008/02/20)
・最近また始めようと考えだしました。(2011/05/05)
とりあえずブログの更新頻度を上げようと考え出しました。。(2012/02/16)
・GWくらいはブログ更新しようかなと考えだしました。(2016/04/29)
というわけなので
ピアノとは全く関係ない話題もありますが
その辺はどうかご勘弁を。


で、Twitterはじめましたw
フォロワーいませんのでお気軽に。
@takumidaz



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記憶喪失になった話
こんばんはですん。
これまでネットとリアルとは完全に分けていたのだけど、
やはりリアルも結構増えて来ているのでブログの立ち位置に困ってる...笑

今回はわりとまじめなお話。
いつか残しておこうと思ったけどずっと気がのらなかった。
人に話すとヘビーな話だと言われるので、文体やキャラをどうしようってのもあったけど、
過去記事とのバランスは特に考えずにフラットに文章化してみることにした。
もう昔のことだし当人にとってはそこまでヘビーでもないのだけどね。

自分は記憶をなくしたことがある。
酒を飲みすぎて記憶がないとか言うのではない。記憶喪失の方だ。

どんな流れで記憶をなくしたのか、どう思い出したのか残しておこうと思う。
(関係の浅い話も含まれるが、かなり長くなると思う。まあ自分のために残してる部分が多い)

もうずいぶん昔のことで再発はしないと思っている。
ただやはり不安になることはあるので、たまに記憶の照らし合わせをやる
もし同じような経験をした人がいたら単純にどう生きているのか話をしてみたい。

結局のところ、自分はというと
入院もせず薬も使わずに仕事に復帰したことになるが、あくまでも自分の場合なので他の人に有効かどうかは不明。
(もしこの記事を参考にして不都合が起きても知らんよ)


1.異常な働き方

当時の働き方はこんな感じ。半年くらい続いていた。

・9:00-20:00 客先で仕事(週5日)
・20:00-2:00 社長と飲み(週3~6日)
・徹夜の仕事(客先で月に2日くらい、2日連続徹夜もあり)

月間平均作業時間にすると260時間+社長との飲みだ。
もし社長との飲みを勤務時間と考えると400時間近く働いたことになる。

社長の家は車で5分くらいと近かったので土曜日もよく連絡があった。

いわゆるブラック企業の類いだと思われるが、特にそうは思わなかった。
「IT系=残業」が当時は当たり前だったし、客先での徹夜など残業した分はきっちりカネをもらえたからだ。

2.社長との飲み


社長との飲みはカネがかからなかった。
いつも焼肉か寿司を食べてキャバクラに行く流れ。
そして社長が運転する車で帰る。自分は帰り道の途中で車を降りる。

飲みは接待の時もあるし、別の現場に行っている同じ会社の社員がいることもある。
社長の話を含め他の人の話も聞けて勉強になっていたのでさほど苦ではなかった。
さすがに焼肉はとっくに飽きていたので寿司の日が楽しみだった。
ほかの従業員がいるときも似た感じ。
たぶん社長も焼肉は飽きていたと思う。
取引先の人が肉をぱくぱく食べていたのを見ながら自分は無理をしながら食べていた。
ちょっと普通の感覚ではないかもしれない。

キャバクラはいつも新宿か六本木。
社長が良い女の子を見つけたらそのまま連絡先を交換して帰る。
もし良い女の子と知り合えなかったら次の店に行く。
この良い女の子というのはかわいくて遊んでくれそうな女の子。
もっと言うとカネで釣れそうな社長好みの若い子ってことだ。
どうにもならない時は家の近所のスナックに行ったりとにかく守備範囲は広い。
ざっくりだけど1日で最低10万円は使っていたと思う。

3.社長の収入

社長の給料は経理上で基本給100万円だった。
1日で10万円は使うカネの使い方を考えると全然足りない。
車も1500万円のベンツと300万円くらいの街乗り用ベンツを所有。
社長宅は駅から徒歩5分のところの2階建て一軒家。特に普通の家で4000万円くらいかな?
時計は100万円程度のロレックスを数個。

月に400万くらい収入がないとあの生活は出来ない。
ちょっと心配になって勝手に調べたことがある。
割愛しようと思ったが昔の話で問題はなさそうなので残しておく。

会社の事務所に入る鍵は自分が持っていたので、社員の一人を誘って人がいない事務所に潜入。
しかし給与システムはさすがに選ばれた人間しか使えない。
事務所のPCに勝手にログインして様々な方法でシステムにログインできないかを試みる

ちなみに会社のメールシステムは自分が構築したので
見積もりや請求書のたぐいのメールはおろか、従業員同士のたわいもないメールまですべてリモートで閲覧/削除まで出来た
もちろんそんな情報には全く興味がないので売上に関する情報だけを探す。
ただ、これでもきりがない。

システムに入るスクリプトでも組むか・・・

と思ってた矢先、同行した社員が怪しげなファイルをすでに見つけていた。
やはり技術よりもアイデアだなと痛感した。

そのファイルから判明した会社の収益は

売上 マイナス 経費(事務所家賃他、社長含む従業員の給料) で毎月一千万円のプラスだった。
そのプラス分は翌月に繰り越されていなかった

従業員数100人そこそこの会社だったが、ここで社長に入るカネは年間1億2千万円超えと判明した。

すげー!!これ資格とか勉強とか必要ないんじゃん?!
やっぱカネもってるやつが一番偉いわ!社長についていこう!!

と一緒にいた社員は少し興奮しながら言ってた。

社長のカリスマ性はほぼゼロに近いが、自分もこのカネ(社長)にはついていこうと思った。
普通の派遣会社のはずなのに社長にはボディガードがいた。この辺の理由も割愛するがカリスマ性がないことはわかると思う。

4.召喚とキャバクラ

なぜ社長の飲みに呼ばれるようになったのか。

友達のコネで入社して1年くらいは呼ばれなかった。
客先は大手町の某都銀だった。
毎朝8:30に始業だったがしばらくは8:00には職場に行くようにしていた。
ビル内のカフェで朝食後に余裕をもって出勤。

特に大きな問題もなく1年が経とうとしていた時に
「取締役を技術者として現場に配属させる」と言う話で社長に呼ばれた。

ベテランで小難しい人だけどよろしく。

この一言でプレッシャーはあったが、うまく立ち回れば上に行ける!と思った。

しかし小難しいというか偏屈というか取締役は職場で孤立した。

この人はのちに会社に対して反旗をひるがえした時の立役者になるのではあるが、
この話題はまた長くなるし、特に記憶の話とは関係ないので割愛。

取締役が現場に来るタイミングで社長に連れられてキャバクラに入店。
たしか六本木、瀬里奈(スキヤキ屋)のすぐ近くの店だった。

社長の他に社員は2人ほどいたが、2人とも借りてきた猫のようになっていた。
当の社長はというと、すんげー前のめりで女の子と会話していた。
さすがにカネがもったいないので、自分は猫社員まじえて楽しんだ。

終電があるので2人の猫社員が離脱したタイミングで
自分もそろそろ・・・と思っていたら

あ、家近いよね?送ってくよ!

とまさかの社長からの提案。ラッキー!と車に乗せてもらう。
高そうなベンツだなと思ったけど、まさか1500万円のやつだとは思わなかった。
そして社長と2人で話をしながら帰宅。

やつら葬式じゃないんだし、キャバクラ連れて行ってもつまんないんだよな~
そのくせ行きたがるわけだよ。意味が分からない。

これには激しく同意した。
さすがにカネがもったいないですよ。自分に連絡してください。

これ以降頻繁に呼ばれるようになる。週に6回呼ばれたこともある。

たまにネタにもしてるがこんな感じで召喚されていた。
社長「今夜は何時に仕事終わる?
自分「ちょっといま忙しくて、、9時頃ですかね・・・
社長「そうか・・・じゃあ8時に新宿に来て!

まるでアニメか何かのモビルスーツの整備を急がせるシーン。
ちなみに仕事をほっぽり出して社長の召喚に応じた輩がいたが、
評価はすぐさま地に落ちてた。

5.日曜日

連日の飲みではあるが日曜日だけは休みがあった。
土曜日に呼ばれたときは近所のキャバクラか社長の自宅で過ごすだけなので早く帰れた。

とにかく日曜日は倒れるように寝た。夜は車で中央道や首都高をドライブした。

1人暮らしで煩わしいのは洗濯。
最初はコインランドリーで一気に済ませていた。
休日の洗濯はきついので行けるときは平日の夜にも行った。うっかりコインランドリーで眠ってしまうこともあった。

洗濯機と乾燥機を買えば毎日洗濯できるじゃん?

キャバ嬢が言ったこの言葉で洗濯乾燥機を購入した。社長の召喚がない日にやることが出来た。

そういえばほとんどの家電品は高速を飛ばして新宿のドン・キホーテで深夜買ってた。
週に一度しか使わないのにテレビやオーディオ機器、パソコンなど無駄にそろっていた。

今考えるとこの休日が実は重要な役割を果たしていたのかもしれない。

6.重要な出会いとスナック

ここからは少し内容がざっくりになるかもしれない。
若干だが記事を書いていて頭がふわふわしてるのがわかるのだ。
自分が記憶をなくしたきっかけになった人物との出会い。
特にこの人物のせいで記憶をなくしたわけはないし、特に恨んでもいない。

すでに仕事は罵声を浴びせてくる客の対応でたびたび徹夜するという異常さだったし、
彼の存在が最後の一押しになったというだけ。

出会ったきっかけはインターネットが流行る前、パソコン通信の時代にさかのぼる。

いわゆるオフ会で面識がある女性から映画に誘われ、3人で映画を観に行った。
女性一人、男性一人、自分と3人で会った。

映画を見て食事をした。

男性は他県から来ててなんと女性の部屋に1日泊めてもらっていた。

寝るのは床じゃなくほぼ玄関だよ!?」と文句を言ってた。

その日は流れで自分も彼女の部屋にお邪魔した。
玄関を開けると布団らしきものがあり、本当に玄関で寝させられていたようだ。

そして彼は仕事の都合で都内に出て来た。
この彼とよく遊びに行くようになる。
ただ自分が時間があるのは基本日曜日。車で迎えに来てくれるようになった。

最初は新宿だったけど、よく二子玉のスナックで飲むようになった。
そのスナックはまだ存在する。

そしてこの彼と会うのをいつからか負担に感じるようになっていた。
とにかく喧嘩っ早いしすぐキレる。酔うとさらに面倒。

弱い犬ほどよく吠えるとはよく言ったものだ。

たとえばタクシーが嫌な運転をすると車の中で

生意気な運転しやがって!俺は王だぞ!勝負しろ!

田舎のヤンキーでも言わなそうなセリフを吐くくせに
信号待ちで車を降りて戦いを挑んだりはない。とにかく車内にいる人間は不快な思いをする。

あと自分の話ばかりでつまんないし、家で寝てたほうがいいなと思うようになった。
何度か本人に言った気がするが直る気配なし。

きわめつけは
今日もつらかったんじゃない?まあ友達だろうけど....よく我慢したね。
と帰り際にスナックの女の子に言われた。

7.目覚めと記憶喪失

その日スナックの女の子に言われた事を考え
やつと関わるのはもうやめよう。
そう思いながらテレビを見つついつのまにか寝ていた。

目が覚めるとこの状態。
「....!?!?!?!?!????

よくドラマとかで
ここはどこだ?俺は誰だ?」みたいなものがあると思うけど少し違う。

まずもって「ここはどこ?」という言葉自体も出てこない

状況としては、テレビと部屋の電器はつけっぱなしで目が覚めた状態。
ベッドにはなぜか万札が無造作にばら撒かれていた

そして記憶喪失というと何かをきっかけに全てを思い出すイメージだけど、
自分の場合は少しづつ思い出してくる感じだった。

言葉が思い出せないかわりに

顔を洗うシーン
蛇口をひねって水を出すシーン
歯磨きをするシーン
テレビをつけるシーン
電気を消すシーン
食べ物を食べるシーン

こんな感じでシーンの再現は出来るようになった。
実際にやってみて、なんとなく思い出してくる。
幸い日曜日だったので1日中休みなくこのシーンの再現をしていた。


そして財布の中にあった免許証を見て自分の名前を知った。
同時に万札を見てとにかく「大事な物」という認識はしたけど詳しくはわからないままだった。

当時はPCのICQというソフトウェアで仲間とチャットをしていた。
ちょうどメッセージが来ていたせいか、この使い方のシーンはすぐに再現出来た。
でもやはり言葉を忘れてしまっているので、日本語が通じない状況。
あくまでも日本語はわからないけど「ICQで相手とチャットをするシーン」これを自分の中で再現させていただけだからだ。

今考えると恐ろしいことだが、ネットの相手に住所と生年月日と名前やお金のことを聞かれていた。

怖いというよりも自分にとって都合が悪いと思ってPCを触るのはやめた。

そんなことよりも怖いのは外に出ることだった。
1日中「シーンの再現」をしたが、どうしても外には出られなかった。

8.記憶がなくとも出社?!

外には出られずとも職場に出社はしなければならない。
朝起きてシャワーを浴びてスーツネクタイ着用。

身体が覚えているとはこのこと。
定期を使い電車に乗って職場に行けたのだ。記憶がないのに

両隣の人の名前すらわからないのに、自分の席に座りPCの電源をつける。
ここまではシーンの再現でいけたが、仕事と言う物がわからない。
定時の18:00までずっと仕事をやっているふりをした。
幸い当時はプログラミングが仕事だったので、黙々とやっていると思われたようだ。

ランチは職場仲間に誘われて食べに行った。

ランチでは不幸にも記憶に関係する話になってしまった。
似たようなお客さんの名前はすぐ忘れてしまう」という話題が出て、
自分は「自分は隣の人の名前がわからなくなります。」と言ってしまった。
えー、それはまずいっしょ」とみんなに言われたけど特に問題にはならなかった。
実際まさに今会話をしている人達が知らない人達なわけだが。

9.帰宅と救いの電話


昼間は全く平気だったが、とにかく暗くなるのが怖かった。
なぜこんな感覚になったのかはわからないが、外で暗くなってくると自分の「身体が燃えてしまう恐怖」という感覚。
実際には燃えるはずはないのにとても怖かった。

帰宅後はやはりずっといろんなものを触ったりして「シーンの再現」をしていた。

その時、電話がかかって来た。
そう電話がかかってくることはなかったので使い方も分からなかった。
おかげで電話を取るシーンの再現が出来た。
電話の相手はキャバ嬢・・・営業電話。少し言葉を思い出しながら会話した。

ごめん寝てた?
うん、大丈夫。ところで俺、記憶がないんだ。
飲みすぎたの?
いやいま記憶がないみたい。
私の名前は?
ごめん。あのわからない。
あはは、宇宙人に記憶けされちゃったんじゃないの?とにかくまた電話するね

で電話は切れた。
ちょっとひどいお話ではあるが、このおかげで携帯電話の使い方がわかった。
これだけは相手がいないと「シーンの再現」しようもない。
電話帳も見れたし、親の電話もわかった。

やつと関わるのはもうやめよう。
この人物は電話帳から消えていた。
消したタイミングと名前は今でも思い出せないが、おそらくこの時に消したのだと思う。

10.帰省とストレス

電話の使い方が分かったので親に電話した。
そんなにやりとりはしていないが、姉から電話がかかって来た。
とにかく待っていろと言われた。

この時に明日休む旨のメールを会社にしたと思う。

次の日の午後、姉と母親らしき人物が家を訪ねて来た。
そのまま最低限の荷物をまとめて部屋を出た。

後から聞いた話だが
当時、姉は先の電話の直後「少し話してわかった。〇〇(弟)はもうだめ。頭がおかしくなった。」こう言っていたらしい。

母親は信じられなかったらしい。

おかしくなった家族を2人で向かえに行く。どんな気持ちだったのだろうと思う。

当人はどうだったかというと

全くストレスというものを感じていなかった。

言われるがまま連れて行かれる感じ。
電車に乗っているときも「綺麗な景色だなあ」と声に出して言っていた。
途中、手に埃がついているのが気になってずっと手を見ていた

あと自分の体についていちいち感動していた。
右手を動かそう」と思えば動くし、「足を動かそう」と思えば動く。
歩くこともできる。ごく当たり前のことに、すごい!と感動していた。
もちろん口には出さなかった。説明するという言語力はなかったからだ

飛行機にも乗った。母親は飛行機に慣れておらず耳をふさいでいた。
空港に着くころには夕方すぎていた。
夜が近づくにつれ例の「身体が燃えてしまう恐怖」がやって来た。

姉の旦那が迎えに来た。飯を食おうとのことだった。
車の中にいると「身体が燃えてしまう恐怖」はなかった。屋外だけのようだ。

実家に戻り父親と会った時も「ああ、この人が父親か。」と思っただけだった。
姉、姉の旦那、母親、父親さえもやはり全く思い出せないのだ。

しかし姉の旦那とは「一緒にお店をやろう」という話をしたことはなぜかなんとなく思い出せた。
あとは家族で世間話などで談笑した。

記憶のことは誰からも何も聞かれなかったのでやはりストレスはなかった。

11.精神病院


次の日、精神病院と言われる病院に診察に行った。むかしからある有名な病院。
窓には鉄格子こっちを見ながら大きな声で叫んでいる人もいる
ずっと1点を見つめたままの人もいるし、いろんなタイプの人がいた。
ガチである。

診察の時こんな質問をされた。女医さんだった。

お仕事はどんなことをしているのですか?
何時から何時までですか?
土日は休めてますか?

特に問題なく答えることが出来たと思う。
仕事がハードすぎる。
でもその会社は福利厚生もきちんとしてますので安心です。
と言われた。
どうも派遣先の会社を評価しているように思ったけど説明はしなかった
受け答え問題ありませんよ。安心してください。とも言われた。

しかし食事の話になると
先週の水曜日の昼は何を食べました?
昨日の夜は何を食べました?
あ、さっきも聞きましたけど先週の水曜日の昼は何を食べました?

今考えると少し意地悪な質問だ。

ストレスがもろに顔に出てます。」と言われた。

いちいち先週の食事なんて覚えてるはずないし、健常者でもこれはキツイと思う。
仕事に関係するPCや携帯電話は全て使わないでくださいとの条件で、
しばらく様子を見ましょうということで診察は終わった。

2週間後に再び診察をするということ。診断書も書いてもらった。

これはつまり2週間後に何も改善していなければ入院を意味していた。

その時自分は「鉄格子のなかに入れられる」この先生に恐怖を感じた。

12.自宅療養と仕事への復帰

自宅療養と言っても特に何もしない。
ぼーっとして例の「シーンの再現」をするだけ。
また家族と会話するにつれてどんどん記憶が戻って来た。

会社にも電話ができた。「父親が危篤でしばらく休む」ということにした。
記憶喪失なんて言うとクビになると思ったからだ。

同時に「あの病院に行くのは危険。」このように思っていた。

そしてあの病院には行きたくないので、
電話で話をして問題ないことをわかってもらうからと父親と母親を説得した。

2週間後、電話をする日がやって来た。

もうおぼえていないが、電話でいくつか質問をされた。
特別でもなんでもなくただの世間話だった。
自分は病院に行きたくない一心で「もう大丈夫です。どんどん思い出してきています。」と話をした。

本当は忘れている部分が多くあったのだけど、
あの場所は危険だと何か勘のようなものが働いていた

その後は徐々に思い出すのと同時に、
もう記憶をなくすことはない。
仕事がすべてではない。
頑張りすぎない。頑張ることはやめる。」
大丈夫だ。仕事には復帰できる。
こんなことを繰り返し自分自身に言い聞かせていた。

記憶をなくすきっかけになった人物については、どうしても名前その他が思い出せない。
頻繁に遊びに行ってたはずなのだけど、そのこと自体が丸ごと抜けている。

特に記憶力がないとは自分で思っていない。普通だと思う。
この彼と最初に会った時にいた女性の名前は覚えてるし。

ただこの人物について忘れろと強く言い聞かせていたのだと思う。

そして有能か無能かはおいといて、特に支障なく仕事に復帰は出来たと思う。
結構ストレスフルな仕事もしたが、あれから記憶をなくす事案はない。
2日間におよぶ徹夜など、非効率な頑張りは金輪際しない。
むしろ「頑張らない」決心をした。

13.現在まで

結局自分の場合は記憶に出たのだけども、うつ病の一種かなと。

きっかけは酒と睡眠不足とストレスこの3つだと思っている。
酒は適度であれば良いが自分の場合、量を飲むのはNGと理解している。

それから原因とは関係はない話ではあるが、記憶を失ったらどうしようという恐怖はやはりずっとある。

自分にとってTwitterは記憶の検算用、他のSNSの類も同様に使っている場合がある。

検算はどうしているかというと、
この時はこんな状態だった。こんなことがあったなど、
後から見て自分の記憶と照らし合わせて「正解」かどうかをたまに確認している。
人に直接確認することもある。なぜどうでもいいことを聞いてくるのかと思われているだろう。

もちろんネット上の情報は無理のない範囲で残している。
頑張ることはもうやめたのだ。大切なのは効率とアイデア。

14.最後に

とても長くなってしまいましたが、ここまで読んでいただいたことに感謝です。
ほぼ自分のために残した記事ではありますが、ご感想などがあれば。
あともし同じような境遇を経験した人がいたらぜひ話をしてみたいのでコンタクトいただければ幸いです。
共感できる人にはこれまで一度も出会ったことがないです。
今まさに記憶がない人は...お役にたてないと思いますが、当時の状況は答えることができると思います。
(あ、でも妙な目的の連絡は気づいた時点でシカトします。連絡なしのドタキャンも平気でするタイプですん。)

自分はいまだ「記憶を失ったら・・」という不安はぬぐえていない。
特に日々おびえているわけではないのだけど。
 
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毎年GW近辺でブログをいじってる気が
というわけで更新

ネタはいろいろあるのだ。特にココイチ2年

ここ1、2年…充実。いろんな人と会ってます。

しかしブログは迷走中…

じゃっまたw

キュイジーヌ s ミッシェル トロワグロ
お疲れさんでしゅ。
なんとなく残しておきたいと思ったので
レビューしておきます。あくまで料理って人によって評価が誓うのでご参考までということで。
誕生記念日として
初のミシュラン二つ星のお店でフランス料理をいただきました。
お店はキュイジーヌ [s]ミッシェル トロワグロ
場所は新宿ハイアットリージェンシー東京内にあります。
ドレスコードありなので、男性はスーツで行った方が良いね。

落ち着いた感じの店構え。わりと好みです。
でも1階なので夜景が綺麗なわけではないですw
頼んだのはウェルカムドリンクとワイン付きのディナー。
これな

始まりの一品かな?見た目でもうワクワクする感じ。

この緑のやつパセリをどうのこうのしたやつと貝の何か。(素人ゆえ説明出来ない。すまぬ…)土台の貝は中身がなかったので他で使われたのかどうなのか真実は不明。
パセリのやつは一個1口で行くべし。連れは上品に2口でいこうとして緑の液体がぴゅっと出てテーブルに散乱してました笑

これも殻ごと一口でいけます。わりかし美味しい。んでもまわりの粟?みたいなのは食べられません。
お次はパンとバターが出てきた。

バターは大理石?な入れ物に入ってた。
このバターがスゲーおいしい!!
で次はキュウリとサヨリ。ソースの酸味がわりといける。

特段他に感想はないので次です笑
鯛をどうにかしたやつ。

白ワイン来ました。メインが近いのかな?

やはり白なのでほんのりと甘みがあり。
自分は好みです。
で、フランスパン。ふつう。バターがうまうまなのです。

サーモンの料理、この味付けは初めてかも。

シェフの自信作なのかも。ワカメ?のようなものに海の味がした。
赤ワイン登場です。同伴者にあげたw

肉来ました。遊びゴコロあり。

なんかやはり和牛と比べてしまう。あ、ソースはおいしいよ。
デザートです。

見た目からしてもううまうまなのです。
酸味が絶妙なチーズケーキに似て非なる何か。
あ、写真左下のはチョコレートっす。
この大きさで細部まで作られていて感動!

冷たいチョコレート、まあこの辺で腹一杯かな。

最後のデザートです。

フランス文学専攻の連れ曰く
お誕生日おめでとうって書いてるらしい。
最後はソムリエ?が記念撮影しますってことでパシャリ。
数分で二人分の写真を持ってきてくれた。
うちらは並んでピースしてるけど、うしろの女性のお客さんが口半開きでボーッとすごく微妙な表情をしてた笑
【総評】
肉や魚の素材は普通かな、とびきりいい素材とは思えず。ただソースやバター、デザートは申し分ない。
また遊びごころがある盛り付けは楽しかった。
こんなん出た(`_´)ゞ
緑の液体が出るやつ △
バター ◎
パン2個 ○△
メインディシュ2つ ○△
デザート ◎
撮影 ○
背後客の顔 △
ついてきてくれた人はこんなです(`_´)ゞ
液体 ○
バター ◎
パン2個 ○△
メインディシュ2つ ○○
デザート ◎
撮影 ○
ナスの置物 ○
ナスの置物…着眼点が違う。
これ

ちなみに隣にはレモン?の置物があった。

こっちには興味ないみたいだった。なんで?
初のミシュラン店だったけど、他のお店にも行ってみようと思う。
レビューするならワインもどこの何年物なのか写真に残してればよいかもしれない。
あとキュイジーヌ[s]の[s]って何なのか聞くの忘れた>_<
最後に付き合ってくれた連れの方
忙しい合間にわざわざドレスで来てくれてありがとう。
ではでは。

1年ぶり
ほぼ1年ぶりの更新
アプリの使い勝手確認のため。
今夜のごはん。

ではでは

LAST DANCEはお前に by ZIGGY
おつかれさんでぃす。

みなさまGWはリア充的におすごしですかね?

こちらは部屋を片付けしております

今日は雑誌や漫画は読まない!絶対にだ!

と意気込んだのだけど

結局ネットとかスマホいじるとだめですな。

しまいにはギターの練習とかはじめてしまい・・・

まったくはかどってませんが何か?

まあいいけどちっとロッキーな曲を弾いてみました。

今日はPCからなのでリンクつけますw




なんか原曲の音が遅れて入ってたので上げ直ししました。

軽快な感じでいい曲です。

というかGWなんも予定ないのだけどさ!!

だれか焼き肉でも食べに行きましょうよw

じゃっ!